水戸地方裁判所 昭和41年(ワ)23号 判決 1968年5月17日
原告
山崎力
被告
野内二三雄
主文
被告は原告に対し、金二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四一年二月三日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は五分し、その三を原告、その余を被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、六一二、五〇〇円及びこれに対する昭和四一年二月三日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
「一、被告は、昭和四〇年三月一八日午前八時一五分頃、その所有にかかる普通貸物自動車(茨四に七五七二号、六二年式トヨペツト)を運転して南進し、常陸太田市山下町一七二番先を進行し、常陸太田駅前広場方面へ右折しようとした際、水戸市方面から常陸太田市木崎二丁方面に向い、原告が第二種原動機付自転車に乗つて北進して来るのを発見した。
この駅前道路には、駅前広場への進入口に交通信号機が設置されており、同市木崎二丁方面から水戸市方面に通ずる道路と日立市に通ずる道路とが交叉し駅前広場に通じ、この部分が交叉点になつている。したがつて、この場合、被告が木崎二丁方面から来て駅前広場に入ろうとするならば、道路交通法第三四条第二項に定めるところに従い、交叉点の中心直近の内側を徐行すべき義務があるにもかかわらず、交叉点から八メートルまたは一三メートル手前で漫然と右折し始めたため、同所を通過しようとする原告の車に接近し、急停車の措置をとつたが間に合わず、これに衝突し、原告をその場に転倒させた。
たとえ、被告が右折しようとしたあたりが交叉点であるとしても、当時、原告の車は信号設置場所を通過して直進しており、他方被告の車はまだ右向きになつた状態に達せず、右折を開始した際であつたから、同法第三七条第一項の規定により、原告の車が優先し、被告はその進行を妨げてはならない義務があるにもかかわらず、前記のとおり右折進行して、この事故を惹起したのである。
原告は、被告が交通法規を守り、原告の通過を待つものと期待しており、これを無視する運転者がいることに思い及ばなかつたのは当然であるから、原告には、この事故に関し、過失はなかつた。
二、原告は、被告の右過失により、左記のごとき損害を被つた。
原告は、被告の過失に基いて起つた事故により前記自転車一台(時価五〇、〇〇〇円)を大破して使用不能となり、同額の損害を被り、原告自身は、大腿節皮下断裂の傷害を被り、同年三月一八日から同年四月二八日まで入院して治療を受けたほか、退院以後同年六月三〇日一応全治するまで、通院して治療を受けなければならなかつた。そして、この間、その営業である製罐業に従事し得なかつたため、二〇〇、〇〇〇円を下らぬ収入減となり、医療費として一二、五〇〇円、入院中の衣類、毛布、見舞客の接待等に五〇、〇〇〇円の支出を余儀なくされたのみならず、多大の苦痛に悩んだのであり、この苦痛に対する慰藉料の額は三〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
三、よつて、原告は被告に対し、前記損害金合計六一二、五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年二月三日から支払のすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
旨述べた。〔証拠関係略〕
被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
「一、原告の主張事実のうち、その主張の日時場所で、被告の車と原告の車とが衝突し、原告がその主張のとおり負傷し入院し、医療費を支払つたことは認めるが、事故の原因に関する事実は否認し、休業による損害、自転車の滅失による損害、療養中の雑費の点は知らない、慰藉料の額は争う。
二、この事故は、つぎに述べるように、原告の過失によつて発生したのであり、被告に過失はない。
当時、被告は自動車を運転し、常陸太田市木崎二丁方面から水戸市方面に向い進行して来て、駅前広場に進入するため、道路の中央線からやゝ左に寄つた点(別紙見取図(一)点、以下文字及び数字は図中に表示されたものを示す)において右折の合図をし、前後左右の交通状況を確かめ、安全を確認のうえ、さらに時速一〇キロ以下に減速し、右にハンドルを切つて方向を変えたのである。
被告が(一)の点で前方の状況を確認して右折を開始したとき、原告は水戸市寄りの横断歩道の直前まで進行しており、その地点A点と(一)点との距離は約三四メートルである。ついで、被告は右折を継続して(一)点から約七、五メートル進んだところ、原告の車が疾走して来て、被告の車の左前照燈と左前輪との中間部に、その前輪を激突させて転倒したのである。
被告の車が、道路中央部ですでに右折を開始したとき、原告の車はまだ交叉点に達していなかつたのであるから、道路交通法第三七条第二項の規定により、原告は被告の車の進行を妨げてはならなかつたのに、停車又は徐行の措置をとらず、しかも同法第七〇条の安全運転の義務を怠り、被告の車の状況に注意し、右折の合図及び方向転換を確認することなく漫然進行を継続したため事故を起したのである。
さらに、被告が七、五メートル進む時間は約二、七秒弱であるところ、原告の車はこの間に約三四メートル進行しているから、その間の速度は一時間約四五キロメートルを越えており、公安委員会の定めた制限速度時速三五キロメートルを超過していたのであり、このことは、衝突の際、原告の車の後部荷台に乗つていた増山茂男が原告を飛越して被告の車のボンネツト上に達した事実をみても明らかであり、この点にも、原告に過失があつた。
なお、被告が運転した自動車は、定期点検を行つているのみならず、常に被告自ら点検を確実に行い、構造上何らの欠陥もなく、事故の際、被告が危険を感じ急制動の処置を講じてから約〇、三メートルのスリツプで停車しており、技能上いささかの障害もなかつた。
三、たとえ、この事故の発生に関し、被告にも何らかの過失があつたとしても、原告の前記過失は、損害賠償の額を定めるにつき、考慮されねばならない。
四、被告は、原告に対し、入院医療費七一、三四一円をすでに弁済している。」
旨述べた。〔証拠関係略〕
理由
一、原告主張の日時場所において、被告の運転する被告所有の自動車と原告の運転する第二種原動機付自転車とが衝突し、この事故により原告がその主張のような傷害を被つたことは、争いがない事実である。
二、被告の免責事由の有無について検討をするに、〔証拠略〕によれば、つぎの事実が認められる。
(1) 事故の発生した場所の位置の状況は、別紙見取図に示すとおりであり、この道路は常陸太田市から那珂町を経て水戸市に通ずる大通りである。それは、駅前広場南寄りのあたりで日立市に通ずる道路と丁字形を成し、その周辺に信号機が設置してあり、交叉点のような形になつているが、広場に進入し得るのは、日立市からの道路と交わる箇所だけではなく、被告が右折しようとしたあたり((は)と(に)の間)も同様である。
(2) 被告は、貨物自動車を運転し、同市木崎二丁目方面から水戸市方面に向つて南進し、(一)の地点で駅前広場に入るため右折しようとし、右側方向指示燈をつけて右折の合図をして前方を見ると、原告の運転する第二種原動機付自転車が、水戸市方面から北進して来て、同市寄り横断歩道の直前点のあたりに達しているのを認めたが、彼我の距離が隔つている(約三九メートル)ので、自分の車が直ちに右折すれば、原告の車が到達する前に無事に通過して広場に進入することができると判断し、時速一〇キロメートル位の低速で、斜めに約四五度の方向へ右折を開始した。
かくするうちに、被告は(一)点から少し前進した(二)点のあたりで、原告の車が木崎二丁寄り横断歩道のあたり点まで、従前同様の速力で前進して来るのを認め、原告もまた双互の間隔が五メートル位に近接し、被告の車が斜めに右折進行を継続しているのに驚き、互いに避けようとしたが及ばず、被告の車の左側前部のあたりに原告の車が衝突するに至つたのである。
(3) この経過における、双方の過失の有無を検討する。
被告が右折した地点(一)は、もとより交叉点ではないが、ここで右折して道路を横断することは許されないことではない。ただこの場合、被告は歩行者または他の車両の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、横断してはならないのであり、当時原告の車のほかに反対方向から来るものの存在した事実はないので、専ら原告の車の交通について考慮すればよいのである。
そうして、正常な交通を害するおそれの有無は、その時、その場所における交通の状況、相手の動きなど、交通上の諸事情を考慮して、定めるべきである。
被告が(一)の点に到達したとき、原告の車は三九メートル離れた点まで前進し、その速度は時速三五キロメートル位であつたから、被告の車が普通の速度で進行している場合であれば、原告の車の前を走りぬけて、無事に広場に進入し得たであろうし、また、そこが車の往来が絶え間のない状況であれば、この程度の間隔は、むしろ利用することが全般の交通安全をはかるために必要な措置ともいえるのであろう。
しかしながら、本件の場合、被告は右折のため道路中央右側で原告の通過を待つても交通上支障は少しもなかつたし、その速度は右折前すでに時速二〇キロメートル程度に低くなつており、さらに約四五度右に向い時速約一〇キロメートルで徐行しながら広場に進入したのであるから、原告の車が従前の速度で進行を継続する限り、衝突の危険があることは容易に予見し得るのである。被告が徐行したこと自体は、誤つた措置ではないが、それによる両者の接近の時間を測定し誤り、原告の車の前を斜めに横切ろうとした(本来なら、もう少し前進し、直角に近い角度で横断すべきである)ことは、他車両の正常な交通を妨害した責任を免れない。
また、原告も、進行を継続するに当り、前方を注視していたならば、直ちに被告の車が右折して進行しているのを発見し得て、警笛を鳴らし被告の注意を喚起するか徐行するか、最悪の場合でも広場の方へ左折して、衝突を避けることは可能であつたのに、青信号であるというだけで漫然従前と同じ速度で前進し続け、途中で被告の車の動きに気付きながら、なお自車に路を譲つてくれるものと信じ、衝突に至るまで減速の措置さえとらなかつた(衝突の際、同乗者が大きく飛んだことから明らかである)ことは、安全運転の義務を怠つたこと明白である。
これを要するに、この事故は、原被告双方の過失により発生したのであり、その過失の程度は五分五分というべきである。
三、つぎに、原告の損害について考察すると、〔証拠略〕によると、左記のとおり認めることができる。
(1) 原告は、事故の少し前から、工員五人を使用し、独立して鉄工業を営んでおり、自らは工事の注文取り、見積りなど経営者としての仕事のほか、金属の熔接をしていたこと、この事故により、その主張のとおり負傷し、昭和四〇年三月一八日から四月二八日まで入院し、その後同年六月末まで二日または三日に一度通院し、医師の治療を受け、入院中は全く働くことができず、通院期間も働きが低下したこと、当時原告の収入は月額八〇、〇〇〇円位、熔接工の賃料としては、月二五日稼働で一日一、〇〇〇円ないし一、三〇〇円支払つていた。原告が傷害を受けたことによる収入の減少は、直ちにあらわれるものばかりではないから、明確に把握し難いが、前記月収、工員の賃料を考慮すると、少くとも一ケ月の収入の一倍半程度、すなわち一二〇、〇〇〇円を下らぬ収入の減少をみたものと推認することができる。
(2) 原告は、この事故で、第二種原動機付自転車を毀損され、使用不能となつたため、これを廃車したのであるが、この車は、六ケ月前五〇、〇〇〇円で買入れたものであるから、当時の価格は三〇、〇〇〇円程度とみるべく、したがつて、その喪失によりこれと同額の損害を被つた。
(3) 原告は、前示のごとき重傷により、独立後間もない大切な時期を病床に苦しんで過ごす身となり、その精神的、肉体的苦痛は小さくないのであり、これに対する慰藉料は二五〇、〇〇〇円をもつて相当な額と認める。
(4) 原告は、そのほかに損害として衣類寝具接待費をあげているが、これらは、直ちに負傷のためとくに必要な支出とはいい難い(ただし、負傷のためとくに衣類寝具が汚損するような場合は別であるが、本件においては、この点を認むべき証拠はない。)し、治療費は、被告本人尋問の結果によると被告が負担していると認められるところ、その他に原告主張のごとき支出があつたことを認めるに足りる証拠がない。それゆえ、これらの損害はいづれも認めることはできない。
四、前項に示したとおり、原告は、この事故により、合計四〇〇、〇〇〇円の損害を被つたことになるが、前示事故における双方の過失を考慮すると、被告はその二分の一を負担すべきものとする。
五、よつて、被告は原告に対し、二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四一年二月三日から支払のすむまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は、この限度においてのみ正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田夏生)
別紙 <省略>